社畜と作曲と読書とその他

社畜兼作曲家です。読んだ本のことなどについて、拙い言葉で書いていく所存です。

(たぶん)最初で最後の例外エントリ。今回ばかりは本当に、真剣に、真面目に必死に生きなければ。

頭の中が混雑してきたときには、書いてみると良いとのことなので、気持ちの整理のために書く。

 

先日退職したけれども、どうにか次の勤務先が決まった。

何事もなければ、次月から東京に行くことになる。

空気感というか、仕事に求めるシビアさが違う土地、違う職場で働くことで、自分を鍛えることができるだろうと考え、わざわざ東京行きを選んだ。思った以上に厳しくなるだろうけど、それに耐えられないようでは今後やっていけない気がするので、それくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

社会人でも通える音楽学校の1年コースが、来週卒業式なので、それまで製作と手続きと、部屋探しで忙しくなりそう。この時期は毎年、精神が不安的になりがちで、なぜかはわからないけれど、そういう時期に限って色々な(卒業云々を除いても)変化が起きやすくて、今後はもう少しそのことを考慮して行動していきたいなあと、思いながらも手を動かしていた。

 

その矢先のことだった。

 

 

母に癌が見つかった。

乳がん、ステージ2aとのことだった。

母から伝え聞いた医師の話では、幸い、まだ転移等のない初期段階のものであり、すぐに手術をして投薬することで十分治るそうだ。発見から手術まで2週間弱。大丈夫だとのことである。

この辺のことは後で調べて、同じ意見が沢山見つかったので、多分そうなのだろう。不勉強を反省した。

 

しかし、それでもリスクはある。

それがなくても母は(無論、父も)けっこう年で、気づけば既に60手前だ。

普段、恐らく気を使って、あまり身体の不調などを話してくれないのだけれど、今回のことが発覚した経緯などを聞いてみると、当然、身体の問題は数多く出ているようだった。

 

本当にこんな状態で、遠くに行ってしまっていいのだろうか、と思った。

たぶん、無意識下では薄々感じていて、でも蓋をして、どこかで誤魔化していたこと、恐れていたことに、そろそろ誤魔化しが効かない時になってきたのかもしれない。

 

自分はどちらかといえば、浮ついた性分で、28歳現在彼女なし、結婚の見込みもなくて、どちらかというと結婚するのが怖いとさえ感じていて、だからこそ仕事や趣味を伸ばして、そっちに活路を見出すしかないと思っていた。

 

いつかは直面するものに蓋をして、未来の希望や大きなビジョンみたいなものを、熱く語ったり、勉強をすることを楽しむ、そういう生き方に理想をもっていた。

 

世の中にインパクトを残したい、などと、ただ漠然と考えているだけの、どうしようもない愚か者で、そんな愚か者が今頃になって、おもったよりも時間はないという現実を突きつけられて狼狽えている。

 

入院、即手術を控えた母と、LINEでやりとりをした。

うちは、自分と妹がそれぞれ一人暮らしを始めてから、尚更家族仲が良くなったくらいで、LINEや電話などでやりとりをするのは、今に始まったことではないのだけれど、改めて、今回の病気のことを聞いたりした。

 

早く治してくれとか、ありきたりなやり取りの後、母は、

 

ありがと

あなたが心配ですが

あなたの人生やし大人やし、楽しく幸せにあなたが生きていけたら、と願っています

 

と続けた。

 

信じられなかった。

 

心配しているのはこっちなのに。

命がかかっているのはそっちなのに。

今まで何度も同じ言葉を聞いて、送り出してもらってきて、そのたびに母の言葉を直接聞いているから分かる。この母は(そして父も)本気で、自分の子供の幸せを願ってくれている。*1

 

人の情ってものがあれば普通じゃないのかと、思う人も居るかもしれないが、自分が、それを上手に出来ないから分かる。これは、普通のことじゃない。

 

大した事が出来ないくせに、どこか甘えた考えで、人の気を惹こうとしたり、好きなものに素直に向かい合えずに損をしたり、それでも(きっと傲慢だから)なかなか修正できなかったりして、そうしたこれまでの人生の帰結として今、アパートの部屋で一人これを書くに至った自分は、一度でも本気で人の幸せを願ったことがあっただろうか。

 

そういえば、先日退職した時も、入社以来本当に良くしてくださった社長から、「君は『また会おう』と久々に心から思える人だった」「優秀な人間は世の中に事を成さないといけない。頑張って」と、直々に応援の言葉をいただいた。

 

翻って、自分の今まではどうだっただろうか。

 

人の気持ちを、どこかで軽視してはいなかったか。

一度でも、人の心からの期待に、応えようとしたことがあったか。

心から人を愛したことがあったか。

 

過去を振り返ってみて、自分はそれが出来ていたとは、自信を持って言えない。

そして今、それが悔やまれてならない。

だから自分は今一人なんだ。実に明快な自業自得だと思った。

 

治るとは言われていても、万一のことが脳裏によぎるし、もし今回を回避しても、その日は必ず来る。

 

母と、父の息子として、この世に生を受けて、前述の通りの愛情を、確かにもって育てられてきた身として、怖くて仕方がない。今も書きながら涙と震えが止まらない。

 

どのみち、無意識下に閉じ込めて、知らん振りを決め込んでいた、来ないと誤魔化していたその未来は、思った以上に間もなく来てしまいそうだ。

 

置いていくなよと思うし、まだ何も恩返しも出来てないじゃないかと思うけど、突然来てしまうんだろうな。

 

何かにつけて過保護な親だと思ってきたけれど、親離れ出来ていないのは自分の方だった。両親は、頑張って子離れしようと、子供の幸せを願って、してくれていたのに。

 

そうやって、母と父が与えてくれていた貴重な機会すら、今まで浪費していた自分は、親不孝以外の何物でもなかった。

 

大学生活を浪費して本気で後悔していたけれど、短い期間にまた同じ過ちを繰り返した。

 

 

 

 

再三、書き散らしてきたとおり、もう時間はない。

あんなに小さかった妹が、もうすぐ大学を卒業して、付き合っている彼氏とも、ほどなく結婚する、などといい出すはずだ。

 

気分の浮き沈みが激しく、すぐに「死んだほうが楽だ」と思いがちだったが、もうそろそろ、くよくよしている暇はない。宣告を受けた直後の母がトイレで一人泣きながらも「死にたくない!生きたい!」と本気で思ったと言っていて、この人の息子である以上、自ら命を絶つことは、きっと許されない。

 

自分の能力で、どこまでのことができるかは分からないが、次入る組織は幸いにも実力主義が徹底しているようなので、本気にならざるを得ない。まったく新しい仕事に挑戦させてくれる、次の会社に感謝したい。

 

今まで以上に勉強しよう。今まで以上に人に会おう。「いつかやりたい」と思っていた諸々の企画を始動に移そう。それによって、多くの人の暮らしを良くしたい。

 

しばらくは、自分の身の回りの人たちだけかも知れないが、その人達の事をまっすぐに愛したいと思う。さいわい、東京で待っていてくれる人がいる。その人達を、まずは助けたい。彼らを楽しい気持ちにして、彼らがより豊かに生きていけるように手助けをしたい。たぶん、そういう存在の仕方が、自分の性分にあっていると思っている。

 

そうして、人を助けられる人間として、事を成したい。

 

自分が関わった人たちが、より楽しく幸せに暮らせるようになっていたなら、

 

その時、かつて自分が夢見たように、自分を「最強の裏方」として認識できたなら、

 

そのようなものとして、人を助け続けることができる環境にあったなら、

 

きっと自分は幸せだろう。

 

ついでに、性格の相性のいい彼女をつくって、結婚して子供が出来ていたらいいなあ、と思うが、これはまあついで。

 

多分、これからの人生にも色んなことが起きるのだろう。

将来云々よりも、直近の母の病状の方が心配で、怖くて、やっぱりまだ涙が止まらない。

それでも、そんな母が、父が、前職の社長が、これまでにお世話になった幾多の人たちが、送り出してくれた以上、

 

自分は懸命に生きなければならない。

人を幸せにしながら、一緒に幸せにならないといけない。

義務でもあるし、もちろん願望でもある。

純粋な願望としては、「人を素直に愛せる人になりたい」だろうか。

 

自立を促してくれた両親に対して、自分の頭で考えられる最高の恩返しは、きっと自分が幸せになることなのだろう、と思う。それと、そう思わせてくれた両親には、今のところ感謝の言葉を言うくらいしかできない。

ありがとう。とりあえず直近、手術の成功を心から祈ります。

 

 

 

こんな時期になってまで、こんな息子のままで、ごめんね。

もうちょっと時間かかりそうやけど。

どこでも生きられるように、強くなりますから。

「親孝行なんていらんから、自分の愛する人やものに、その分の愛情を注ぎなさい」という、お二人の家訓を守れるように、努力しますから。

見ていてください。

これからも末永く見ていてください。

ちゃんと幸せになりますから。

二人の幸せは僕の幸せに関わることですから。

二人も末永く生きてください。いっそ1000年くらい生きてください。

もう時間がないぶん、こっちも懸命に真面目に生きますから。

こんなダメ人間で、最近は尚更ちゃんと向き合えていないけれど、それでも二人を愛しています。

二人の子供に生まれてきて良かったと、折に触れて、何度思ったかわからないんです。

適度に親離れ、子離れしないといけないと思いつつも、ファザコンザコンだなあと思いつつも、帰省から帰る時、毎回寂しくて仕方ないんです。

自分の性格上、昔のように、同居は難しいかも知れないけれど、だからこそ昔に戻れたら、もっと二人の子供でいたかったと、頭おかしくなるくらい思ったんです。

ごめんね、おかん、おとん。

もうちょっと時間かかりそうやけど。

今度こそ、頑張りますから。

二人も(目下、特に母)、頑張ってください。

面倒かけますけど。

二人に恩返しできるくらい、強くなりますから。

生きてください。幸せでいてください。

*1:思えば、死の直前の母方の祖父も同じだった。以前の元気さが見る影もなくなって、衰弱しきった祖父が、孫達一同に「頑張れ、頑張れ」と言った、それが僕が最後に聞いた祖父の言葉だった。