読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

社畜と作曲と読書とその他

社畜(SE)兼作曲家です。読んだ本のことなどについて、拙い言葉で書いていく所存です。

「読書は格闘技」-および攻略本

自分の読書や知的レベルに限界を感じて憂鬱だった頃に読んだ本。

 

 

読書は格闘技

読書は格闘技

 

 

 

思考力がなく、頭の回転も鈍く、知識も足りなくて、何を読んでも壁にぶち当たるような感触を覚えていた時、「だったら読み方を変えてみれば?」と言われたような気になった。

 

 

タイトルの通り「読書は格闘技」は、さまざまなテーマにそって対立する主張を持った書物を、格闘技の様に闘わせていくという形式の本だ。

 

一応、瀧本先生の本は一通り全て読んでいるので、「読書は格闘技」という言葉は、キーワードとしては同著者の著作で見たことはあった。「じゃあ具体的にどう実現すればいのよ」という、ご本人の実践例が、この本一冊にまとまっている。

 

私の理解だが、実際の方法として展開されているのは、

・内容につっこむ

・書かれたときの著者の立場や時代を考慮する

・基礎知識も大事なので勉強する

とくに3つめは、「読むために他の本も読む」ことが必要だということ。無論印象や、自分の大事にしたい思想などから意見を述べることも必要なのだろうが、つっこんだところで知識が間違っていたらどうしようもないのであって、その意味ではこの本は、これから始まる読書格闘列伝のための「前哨戦」なのかもしれないと思った。(実際、メインで格闘している2冊やブックガイド以外にも、本著内には多数の参考図書が登場する)

 

で、本著の内容にまで言及している感想は他にもたくさん出ているので、ここからは私にとっての「読書は格闘技」について書く。

 

私は激しい自己嫌悪に陥るくらい、自分の思考力と知識不足が悔しくてたまらない(自分のせいであるとはいえ、瀧本本にもっと早く、高校生のときぐらいに出会っていれば、大学時代の使い方が少しは違ったのではないか、などと、ちょっと思う。。。)。もうこればっかりは仕方がないが、真剣に後悔していて、未だにそれはあまり改善されていないと思う。

 

そんな私からすれば、内容や本の背景につっこむことに自信がないのである。

具体的に言うと、上の3点目。知識も理解力もないのに、「ここにつっこんで大丈夫なの?」と常に自信がない。理解力は、きっと生まれ持った頭の悪さに起因するのであって、ならば知識だけでもカバーしたい。はっきり申し上げれば、具体例やお手本として使うには「読書は格闘技」(もっと言えば、著者の瀧本哲史氏)は、ハイスペック過ぎる高嶺の花なのである。私のような低脳人間がいきなり実践するには、だいぶハードルが高い。*1

 

そんな私は、できれば基礎知識と一緒に、格闘技もやってくれているような書物が欲しい。いわば書物と格闘するための基礎の「攻略本」である。さてそうしたものは無いかと探しているところで、以前買ったまま放置していた本を開いてみた。

 

基礎講座 哲学 (ちくま学芸文庫)

基礎講座 哲学 (ちくま学芸文庫)

 

 愚か者にも、一つの分野を一から懇切丁寧に分かるように*2解説してくれつつ、諸々の思想を対比させながら議論を進めていく。さらには膨大なブックガイドまでついている。なんとも理想的でオトクな一冊だった。

 

「基礎講座 哲学」は看護科の学生向けに、教科書として書かれた、まさしく基礎の哲学の教科書である。基礎であるからして、第一部では哲学の歴史、第二部では現代(本著が書かれた当時)の思想と哲学の関連について書かれ、実は哲学思想というものが、机上の空論などではないと、そういうことが書かれている。

 

本当は、現代人の死生観などにも触れている第二部の方が大事なのだろうけど、今回の場合、私にとって価値があったのはもちろん第一部だ。何しろ各種の思想についての成り立ち、背景などの知識も得られる上、それらの思想が闘わされているのだから。

 

たとえば実存主義とは、どういう時代にどんな思想を掲げて登場したか。それに対して構造主義はどのように応えたのか。プラトンイデアに対してアリストテレスはエンテレケイアで応え、アクィナスが受け止めるためにどう頑張ったのか。それはニーチェの「力への意志」と何が違うの?とか。デカルトが「我思う故に我あり」に到達したのは何のため?近代科学との関わりは?とか。

 

大学でちゃんと勉強しなかったツケで、まだまだ哲学についての理解が深まったとは言えないレベルだが、それでも「哲学って思想と思想が闘いだったんだ!」とか「すべての思想には成立の理由があるらしいぞ」など、たしかに発見があったので、馬鹿の読書でも休んでいるよりは確実に良かった。*3

 

そういうわけで、遠回りをしてしまったが、本を格闘させるための「攻略本」の探し方を体感できた。「読書は格闘技」の方法を実践できるまでにはまだまだ遠いが、脈のないところに穴を掘るリスクは、これで幾分減ったように思う。

 

余談だが、私は関西で開催された「読書は格闘技」の発売記念セミナーにも参加した。((そこで「知らないテーマについて学ぶ時はオムニバス的なものを選ぶ」という言葉を瀧本先生から直接聞いたため、「どうやら間違っていないらしい」という裏付けも取れた。

 

こうした裏取り(瀧本先生は「逆取り」と仰るが)を、今度は自分で実践していけるようになれたらいいなと思う。

*1:瀧本先生、早く自灯明人間になりたいです。。。

*2:哲学を「分かる」とか言ってごめんなさい

*3:もちろんこれは、大学において鍛えておくべき「学問の正当なやりかた」らしいので、何を今更という話ではあると思う。大学生に戻りたい。。。